『本の読み方 スロー・リーディングの実践』平野啓一郎

主体的な読書法。
本の読み方 スロー・リーディングの実践 (PHP新書)
芥川賞作家、平野啓一郎が説く「スロー・リーディング」。
読んで字のごとく、「スロー・リーディング」とは「ゆっくり読むこと」。ただし「遅読」と書くとただ読むのが遅そうなだけで、ちょっとイメージは違う気がします。遅い速いは問題の本質ではありません。このスロー・リーデング(長いので以下<SR>)は、巷で溢れる速読信仰へのアンチテーゼとして提言されています。情報処理速度を上げるための速読では、文章の核心や、作者の述べたい表現したい重要な部分が見落とされてしまう危険がある。だからこそ、一度だけでもいいから、あえて丁寧に丹念に真剣に一つの文章を読み込んでみませんか、というのが平野氏の主張。遅く読むのが良いこと、なのではなく、SRは速読を否定的に捉えた、一種の反動的な概念です。「一冊の本を、価値あるものにするかどうかは、読み方次第である」と述べる著者は、「損をしないための読書」としてSRを勧めます。
では、具体的にはどのような方法か。書き手によって散りばめられた文章の「仕掛け」を一つ一つ読み解き、質の高い読書を心がけること、これがSRです。このような「質の高い読書」は、5年後10年後に人生の糧となる読書であって、明日明後日のための「速読」とは一線を画すものです。読んでそこで終わってしまう速読ではなく、読み終わったその瞬間から本がますます活きてくるような読み方。
本の構成は、平野氏が述べるSRの説明に続き、実際の文章をSRしていきます。平野氏の解説は、自分はちょっと深読みが多すぎる気もしましたが、文章はここまで読み込めるんだという新鮮な驚きを感じました。小説だけでなく評論文にも丁寧な分析がなされていて、SRは幅広く応用できます。
しかしながら、SRが完全無欠の素晴らしいものだとは思えませんでした。あくまでSRは速読を牽制するための意見であって、どちらが正しいというものではありません。
とはいえ、速く読むことが良いことだと盲目的に信じられているような世の中には必要な牽制でしょう。この本の中で平野氏が行っている綿密なSRには、学ぶべきところが必ずある。受験国語の解説文や読書量ばかりを自慢する人間の意見なんかより、はるかに深い読み方。小説家が読むとこんなにも文章を楽しめるんだと、感銘を受けました。
 
この本のように優しい文章も書けるのに、平野氏の小説は何故あんなに難しいのでしょうか…。『日蝕』なんて同じ現代人の日本語かと疑いたくなります(笑)芥川賞の名に恥じない立派な小説家だとは思いますが、今の自分にはまだ食らいつけません。うーん。
どんな文章でも深く読み込んだ上で、かつ速く読める人間になりたいものです。これだけ情報が溢れる世の中だからこその、永遠の憧れ。
 
本の読み方 スロー・リーディングの実践 (PHP新書)
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