『檸檬のころ』 豊島ミホ

舞台は田舎の県立高校。今春映画化予定。
檸檬のころ (幻冬舎文庫)
この本のテーマは「青春」。青春小説と言うと、非現実的な世界の中で、見たこともないくらい爽やかな若者たちがキラキラと輝くような話を想像する。誰にも止められない夢に向かって〜、云々?しかし、『檸檬のころ』は違う。この本の主役は、「地味な人なり」の青春を送る、ただの田舎の高校生。普通なら陽の目を見ないような人間模様が、降りたての雪のようにやさしく表現されている。「地味な生活」の中には、なかなかスポットが当たらない「星」がある。『檸檬のころ』は、小さくて見落としてしまいそうないくつもの星を、ぎゅっと閉じ込めたような小説だ。
はじめに本屋でパラパラと読んでいて、「なんだか自分の高校と似てるなぁ。都会の話じゃなさそう。」なんて思っていたら、それが正解。作者と自分は出身県が一緒であった。年も3つしか離れていないし、地域はちょっと違うけど地元も近いのだから、話の設定や物事の感覚に共通項が多いのも頷けた。同県出身者なら、「あるある」と思えるシチュエーションにちょっと気恥ずかしくもなる。
正直に言って、内容は地味。文章が若い(年が近い自分が言うのもおかしいけれど)というか、「これはうまい!」とうならされるような文章表現は少ない。また、主人公たちは悩んだり喜んだり勝手に盛り上がっているが、客観的に眺めてみれば、彼らの悩みはなんてことない。小説を人間ドラマとして読みたいのなら、あまりおすすめできない。
ただし!そこが『檸檬のころ』の魅力である。はたから見るとちっぽけな事に、独りで誰にも言えないまま一生懸命になっている。問題にぶつかっても、選べる確実な選択肢は存在しない。経験の無い悩みには、免疫は見つからない。五里霧中の状態に目をつぶったまま飛び込んで行っている…。それは友人関係でも恋愛でも進路選択でも同じ。似たような葛藤が誰にでもあったのではないだろうか。『檸檬のころ』を読んでいると、ストーリーそのものよりも、自分の中高時代を思い返してしまう。大小説のネタになりそうな味わい深い話なんてそうそう持っていないが、何度ふたをしても中身が見えてしまうような仕舞い切れない思い出は、心の中にいくつも転がっている。『檸檬のころ』のストーリーは、そんな「自分だけの思い出」に近い。型破りではない表現が淡々と続く感じが、飾り気の無い「自分だけの思い出」を素手で触っているようで非常にリアルだ。
短編集だが舞台は一つの高校。だからさっきの話で脇役だった人間が、こっちの話では主役で扱われていたりする。そういうリンクが、ゲームの『街』や恩田陸の『ドミノ』みたいでおもしろい。主人公があちこちで繋がるのは、個人的に好きな表現分野だ。
今回張った画像リンクは最新の文庫版。先に出たのは単行本。3月、4月にかけて全国で映画公開(http://www.lemon-no-koro.com/)されるから、プロモーション活動も兼ねているのだろう。榮倉奈々主演での映画化なので、割とヒットはするのではないだろうか。
作品の細かな批評は置いといて、サイン付きの単行本初版を持っているのはちょっと自慢かも?
 
檸檬のころ (幻冬舎文庫)
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