『レイコ@チョート校』 岡崎玲子

名門プレップスクールでの生活体験記。
レイコ@チョート校―アメリカ東部名門プレップスクールの16歳 (集英社新書)
プレップスクール」とは、欧米の進学校のこと。4年制(中学3年〜高校3年相当)と寄宿制すなわち寮に入って生活することが基本。
本のタイトルにある「チョート校」とは、アメリカにある「チョート・ローズマリー・ホール(Choate Rosemary Hall:http://www.choate.edu/home/)」の略称で、ジョン・F・ケネディも卒業した名門プレップスクールです。政治問題や芸術分野などにも臆することなく取り組むレベルの高い生徒たち、熱の入った先生、何でも自分たちで創り上げようとするアクティブな校風など、読んでいてただただ憧れてしまう話ばかり。中身の濃い論理的エッセイや、剽窃行為に厳しい研究論文、学校ぐるみでパリ講和会議をシミュレーションするなど、日本の高校では滅多に扱われない様々な方法でエリート教育が行われています。

著者自身も小学6年生で英検1級、中学校でTOEFL670・TOEIC975・国連英検特A級取得。面接試験で政治や国際関係の話題も度々出てくるので、この辺りのレベルの資格試験には、英語だけでなく高度に社会的能力が備わっていなければまず受からないでしょう。彼女の文章を読んでいても、その地頭の良さが伺えます。同校で学んだ教訓の一つに挙げている"Show not tell."(くどくど語らず、事例を示すことで読者に伝えよ)が確実に実践されています。
プレップスクールではありませんでしたが、自分もアメリカの私立高校で授業を受ける機会がありました。数学の時間、誰からともなく生徒が次々に手を挙げていきます。何事かと思えば、宿題を解いてわからなかった箇所の解説を求めているのです。先生は指名した生徒に尋ねられた問題だけを、黒板に丁寧に書いて解法を示します。一つの問題の解説中も、他の生徒はなかなか手を引っ込めません。2分も3分もずっと手を挙げたままで、黒板の解法をノートに写したり、何かを考えたりしています。悩みに悩んだ自分の問題に、誰よりも早く明確な解決策が欲しいようでした。わからないことを堂々と訴えて学習を自分の血肉にする、積極的な教育姿勢が徹底されていました。今思えば見た事の無い授業スタイルでしたが、全く同じ場面がこの本にもありました。

日本の教育とプレップスクールなどの欧米エリート教育、両者間で最も異なるのは、大学に対する意識の差でしょう。日本の進学校は、文字通り進学するための学校でしかありません。入学試験を突破して、合格を得るための教育。一方でプレップスクールの教育は全て、大学での学究生活をより充実したものにするための準備。だから、もはや大学かと見誤るぐらいに応用的な教育を行っている。将来を見据える視点は両者で全く違うものに感じました。日本は中学・高校・大学でそれぞれ完結、プレップスクールは中学→高校→大学で目指す方向が一貫している。高校入試が無いだけの日本の中高一貫教育なんて、建前だけのように感じました。もちろん、全体を見渡せば日本の教育は優れていると思います。広く公平に開かれた教育制度は、どこの国にも自慢できる。しかし、学生の能力を引き上げるチャンスはまだまだ足りない。そんな場所は自分は大学しか知らない。逆に言えば、大学には同じような環境があります。再び翻って言えばその環境は大学だけ。やる気になった生徒が際限無く能力向上できる環境を、高校や中学にも広げていくべきだと思います。以上は一般論なので、日本の大学でも過ごし方は多彩であること、この学校・この著者に限った体験であること、出会う先生によって教育の結果が大きく異なることは微塵も否定しません。それでも、伸びようとしている芽をきちんと育てられる環境・チャンスが無ければ、将来の日本にとって大きな損失。海を渡らなければ望む教育が受けられない国では、いて欲しくないと思っています。
著者は常にポジティブ。外国のキラキラした教育制度をこれでもかと見せ付けられるので、また自慢かと辟易される方も多いかもしれません。でもこれは日本の長所・短所を見つめ直すチャンス、典型的な相対化の手がかりです。日本、プレップ、どちらの教育制度でも長短あるでしょうが、その長所を伸ばしつつ、個人個人にあった環境を見つけることができれば著者のように充実した学校生活を送れるのでしょう。繰り返しになりますが、子どもが望む教育が確実に与えられる社会環境の大切さは、読んでいてひしひしと感じました。
十中八九、読めば留学したくなります(笑)いつかは自分も…なんて確実に考えるでしょう。それくらいポジティブな空気に包まれた、学校体験記。だから読む前の前提として、「留学したから自分が変われる」のではなく、「自分に合った環境だからもっと自分を伸ばせる」のであって、留学が変身の魔法でないことは常に頭に置いておく必要がありそうです。
 
レイコ@チョート校―アメリカ東部名門プレップスクールの16歳 (集英社新書)
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