『ホテル王になろう』中谷彰宏

okapia2007-03-09

ホテルはロマンに満ちている。
ホテル王になろう―人を喜ばせる天才たち
中谷彰宏といえば、『面接の達人』などの自己啓発本でよく知られた人物。悪く見ればキザな物の言い回しも多い作家なので、もしかしたら苦手な方も多いのかもしれません。それでも、彼の著作には思考のレベルアップのきっかけを作ってくれる本が非常に多いです。一方的に嫌う必要は無いように思います。
彼の本は一種のマニュアル本のように捉えられることが多いのですが、自分はそうは思っていません。誰が読んでも同じくらいの効果を発揮する教則本ではなく、読む人のレベルに合わせて受け止め方と弾ませ方を柔軟に変化させられる、トランポリンのような書き方。深く幅広く自分なりにいろいろなことを考えてきたのになかなか理想的な形に繋がらない、そんなときにこそ読めば、もやもやしていた思考を確固とした実現行動に繋げる機会を与えてくれます。逆に、「△△のときは××する」のような一問一答的解答をむやみに欲しがっても、彼の本だけではなかなか解決しません。むしろ、自己満足の陳腐な結論に陥りかねません。読む人間の状態をかなり選ぶ作家、という印象。その辺りを踏まえずに手にすると、魔法にかかったように中谷病になります。
『ホテル王になろう』は、タイトルから分かる通りホテルに関する本。ホテルに働く人々に、著者が一対一でインタビューを行う形式。23人のプロフェッショナルの話が載っています。プロフェッショナル、という言葉から思い浮かぶ、同名のNHKの番組に近い内容かもしれません。さまざまな逸話を交えた、興味深い話が多いです。
自分が一番好きなのは、ドアマン保田氏の話。ドアマンは、入り口で客を迎えたり荷物運搬をしたりする仕事。ホテルの顔であり、ホテルの第一印象を決める重要なポジションです。保田氏は、なんと一万人の顔を覚えているといいます。再びホテルを訪れた客に「おかえりなさい」。別の会社に仕事を移した際には、数年前に前任のホテルで会った顔さえも忘れずに「おかえりなさい」。ホテルの入口での応対が、ホテル内での問題発生を防ぐ役割もする。本では、イライラの防波堤と表現されています。
他にも、靴を見ただけで昔の客を当てるいぶし銀の職人や、統率力に秀でた行動派総支配人など、多様な分野にスポットが当たっています。
チェックインからチェックアウトまで、フロント・バーテン・コンシェルジュ・ベル・ソムリエ・支配人…さまざまな役割・役職が絡み合って一つのホテルの世界を構築しています。客は心身丸ごとホテルの世界の中に入ることになる。一日限りの世界で、人生の大切な思い出が生まれるかもしれない。こうしたダイナミックな組織体系、そして対人間のサービス業の難しさがひしひしと実感できるホテルの世界が、自分は昔から大好きです。もし就職活動をしていたなら、ホテル業界には必ず応募していたでしょう。
もちろん、毎日がテレビ番組の『HOTEL』みたいにドラマティックな出来事ばかりではないでしょうし、掃除やコンプレイン(苦情、クレーム)処理など、普通の人は楽しくないような仕事の方が多いと思います。けれど、仕事の底無しの奥深さと、ホスピタリティの頂点であること、これらは他の専門職と比べても群を抜いています。いずれどのような職業でも大なり小なり人間相手なわけで、気配り、マナー、人間関係、表現力等々、ホテル業界から学べる要素は多分にあります。
産業に関係無く、全ての仕事は誰かの幸せに繋がるものだと思っています。『ホテル王になろう』は、一流人の自慢にとどまらずに、人間と関わって生きていくとはどういうことかを再考させてくれます。ホスピタリティなんて偽善!と思っている方にも、ぜひ一読を薦めてみたい一冊です。
(画像source:http://www.lasvegasconcierge.us/
 
ホテル王になろう―人を喜ばせる天才たち
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