はなしのはなし

okapia2007-03-12

誰かと「話」をしている間に、心の中のもやもやしたところを「離し」ている。パズルのピースがしっくりこなかったら、そっと台紙からはがさなきゃいけないみたいに。
自分をどこかへ「離す」作業は、自分をどこかへ残す作業。それは、自分を生かす作業でもある。はがした「自分」のカケラは、巡り巡って「誰か」の1ピースになるかもしれない。
別のカットをほどこしたピースを、みんな毎日のように手渡してくれる。「誰か」の1ピースのおかげで「自分」の絵が完成する体験が、たくさん。
この記事にだって「自分」は生きるし、これまで「話」を受け取ってくれたたくさんの人たちの中にも、「自分」のカケラはまだ生きているかもしれない。「話」をして心の1ピースを「離す」ことで、目もくれていなかったピースを発見したりもする。
うまい「話し方」は、心の上手な「離し方」。狙ったところをスパスパきれいにはがせるようになりたい。
でも、自分はさびた果物ナイフみたいな道具しか取り揃えていないから、「離し」たいものを心の台紙からうまくこそぎとれない。これはどうやって研ぐんだろう。そんな疑問をここへ、離す。
「離さ」なければ、「話せ」ない。「話し」たいから、「離し」たい。
 
サケの稚魚の「放」流だって、海や川とのお「話」かも。牛や馬の「放」牧は、草原とのゆったりとしたおしゃべり。
「放す」ことで誰かと「話」ができて、たくさんのピースを受け取れる。それはなんだか、すてきなことです。
 
そんな、はなし。
 
(画像source:http://yama-tabi.net/