刈屋富士雄「オリンピックの女神はなぜ荒川静香に『キスを』したのか?」まとめ2

okapia2008-06-13

前回(Jun.12, 2008)からの続き。
 
トリノのオリンピックの女神は、荒川静香にキスをしました!」
 
全20回のインタビュー記事を読み返して印象に残った部分をまとめました。
http://www.1101.com/kariya/
 

  • 第9回

過去、ぼくは長野とソルトレイクで女子のフィギュアを見てきましたけど、長野のときはミッシェル・クワンが絶対、金を取ると思ったんです。練習を何度見ても、ミッシェル・クワンで間違いない。と思ったらタラ・リピンスキーが金をとった。ソルトレイクのときは、どう考えてもスルツカヤが金をとると思っていたらサラ・ヒューズが金を取った。8年間に、2回のオリンピックを見ていて、オリンピックの「勝利の女神」は、すごくいたずら好きだし、気まぐれなんじゃないかなというふうにぼくは感じたんですよ。いちばん強い人に金メダルをあげるんじゃなくてほんとうにその4分間、最高だったひとに「今回はあなたね」という感じで。

朝の練習で3人を見ていても誰が勝つかまったくわからないんです。それこそ、さっき言ったように10回やったらスルツカヤが金で、コーエンが銀だなと。じゃあ、荒川が勝つとしたらどういうことなんだろうと考えてみると、もしかしたら、サーシャ・コーエンが少しミスをするかもしれない。スルツカヤが思ったように滑れないかもしれない。‥‥でも、そういうことは、あるのだろうか?あるとしたら、それこそさっき言ったいたずら好きのオリンピックの女神が「今回はあなたよ」というふうに指名したとしか思えない。荒川静香に、金メダルを取る力はある。でも3人のなかでは、いちばん確率が低い。
荒川選手が金メダルをとるとしたら、「選ばれる」しかない。
「選ばれる」しかない。そう、思ったんですよね。

 

  • 第14回

そのときに失敗すればいい、とか失敗してラッキーという気持ちは、やっぱり、ないんですよ。これはたぶん、ぼくはもうフィギュアスケートの中継をもう10年以上やっていますから自然とそうなってきたのかな、と思います。これが、いきなり行って、フィギュアの中継をやれと言われて「ニッポンがんばれ!」というようにやってもいいと言われたらもしかすると、そういう気持ちになれたかもしれないですけど、やっぱりぼくは、サーシャ・コーエンもずっと見てますし、スルツカヤもずっと見てるんで、まず演技をしっかりやってほしいな、という気持ちが先に立つんです。

自分が全力をかけて戦う相手には敬意を払う、というのが根底にあるのかなという気がするんですね。自分が好きで応援する選手が一生懸命戦う相手をバカにするということは自分が応援する選手をも下げてしまうことになる、という意識が潜在的に日本の風土というか文化のなかにあると思うんです。応援するということは、相手をけなすということではなく、純粋に、応援をする。それが日本の「応援をする」という文化なんじゃないでしょうか。

必要なのは、なぜ転倒したんだろう、というむしろ、そっちの説明ですよね。

 

  • 第15回

もう、あれだけ情報が出ていれば、観る人ひとりひとりがそれぞれのストーリーを感じながら観られるわけじゃないですか。荒川選手にしても、村主選手にしても、安藤選手にしても。だったらぼくがその場で新しく視点を提示するよりも、やっぱり、まずは、観てもらう。今日はどうなのか、という部分をしっかり伝えようと思ってコメントは最小限におさえました。

逆に、ぼくがもうひとつフィギュアの実況を担当したのは、ペアだったんですけど、ペアは逆に日本ではほとんど報道されていなかったのでいつもよりちょっと多くしゃべったんです。多めにコメントしたというか、くわしく説明したというか。

 

  • 第20回

スポーツには、いろいろな要素がからんできますよね。時代とか政治とか宗教とか経済とか。そういうことがいろいろからんできて、でも、最終的には人間と人間の勝負になる。そういう、人間の本質みたいなところ、そこでしか見られない人間のすごさとか、あるいはもろさとか、そういうところを近くで観たい、というのがマスコミを目指した動機です。それはさかのぼっていくと小学校のときに観たメキシコオリンピックの200メートルの決勝がきっかけなんです。
メキシコオリンピック
はい。メキシコオリンピックの200メートルで、アメリカの黒人選手が金メダルと銅メダルをとるんです。その表彰式のところで、彼らは、アメリカ国歌とともにのぼってくる星条旗に黒い拳を掲げて、抗議するんですね。そのときぼくは小学生でしたから、それがなにを意味するのかわからなかったんです。のちに、それが、黒人選手たちのアメリカ政府の人種差別に対する抗議だったとわかった。これはなんだろう、というショック、衝撃。そこから、オリンピック、あるいはスポーツというものに違った視点から、興味を持ちはじめた。単純に勝った負けたではなくて、そこに人生を賭けてきた人もいれば、人種差別に抗議するためにオリンピックでメダルをとろうと思ってきた人たちもいる。そういうところを見てみたい、ということが興味としてありました。それで自分で陸上をやったり、大学でボートをやっているうちに、これからの時代、いちばん近くでその瞬間をほんとうに観られるのは、テレビじゃないだろうか、というふうに変わっていったんです。じゃあ、テレビのなかでもその瞬間をいちばん近くで観られるのはなんだろうと思ったときにスポーツアナウンサーという道にたどりつくんですね。じゃあ、スポーツアナウンサーになろうと思って大学3年のときにはじめてアナウンサーを目指すようになったんです。
その原点がメキシコオリンピック
そうですね、あれが原点です。

最後に、アナウンサーという職業や、スポーツの実況ということにこだわらずに刈屋さんが気をつけていることとか信念のようなことがあれば教えていただきたいのですが。
そうですねえ‥‥‥‥。「同じ瞬間は、二度とない」ということでしょうか。たとえば、フィギュアスケートでも、同じ滑りは、二度とない。スルツカヤをずっと見ていたとしても、同じスルツカヤは、二度とない。野球でも、サッカーでもなんでも、同じ勝負は、二度とない。そういうことをつねに思っていないと、勝手に自分の経験にあてはめたりとかこれはこういうものじゃないか、みたいなかたちになっちゃうんですね。だからほんとうに、もうこれは一回しかない。自分の人生のなかで、この瞬間しか出会えない。そういうことですね。
そういう意識で取り組んでらっしゃると。
はい。もう、ほんとうに、一回しかないと思って。