談話室滝沢

okapia2008-11-14

街で洒落た喫茶店を見かけると、ついつい思い起こすのは「談話室滝沢」。
2005年3月末に閉店した、風情のあるお店です。東京の新宿、池袋、御茶ノ水に店舗を構えていました。
 
コーヒー、紅茶、抹茶、ミルク、ココア、ジュースなど、飲み物はどれも1杯1,000円。
この値段を高く感じさせないのが滝沢のすごいところ。「喫茶店」ではなく「談話室」と銘打ってあるとおり、誰かと談話するのに最適な店づくりがなされていました。
滝沢は、飲み物ではなく雰囲気、空気を売っていました。
 
もともと現在のルノアールと根っこを同じくしていたのですが、経営方針の対立から二分したそうです。店舗拡大を目指したルノアール、創業当初の静かな雰囲気を固持しようとした滝沢。
滝沢社長には経営哲学がありました。大学生の頃、肺結核で入院。辛い療養生活を支えてくれた若い女性看護師の笑顔にひどく感銘を受けました。あの時の優しくにこやかな笑顔が、談話室滝沢の上質な空気を長年守っていました。
滝沢では、接客をすばらしいものにするために、店員は全寮制で手厚く教育されていました。茶道、華道やお琴に英会話など、礼儀作法以外にもさまざまな教養を身につけさせていたそうです。
実際に訪れた際には、噂通りの丁重で柔らかな物腰に感激したものです。
飲み物をテーブルに出すときに「コーヒーのお客様は?」などと野暮なことは尋ねません。客の会話を遮らないようにするためです。どれだけたくさんのオーダーでも客の座席ごと暗記をし、邪魔をしないよう手元にそっと差し出します。心遣いが本当に粋です。
店内には滝があり、燈籠をたずさえた沢には錦鯉が泳いでいました。川のせせらぎが和やかで心地良い雰囲気を醸し出していました。抹茶色の座席はふかふかで、いつまででも座っていられました。
まさに滝沢は、「談話室滝沢」だったのです。
 
ところがこのご時世、社員教育や店内の雰囲気維持もおぼつかなくなったそうです。店員の多くはアルバイトに替わり、客層も品の無い人たちが増えていきました。また、値段の安いコーヒーショップチェーンが増加して経営的にも先細り。サービスの質がこのまま低下するなら客からお金は取れない、と当時79歳の滝沢次郎社長は全店閉鎖を決意したそうです。散り際も美しいお店でした。
最終日前日と当日の売上げは、赤十字に災害復興資金として全額寄付されたそうです。
 
この「談話室滝沢」を知ったのは、自分が秋田の高校生の頃。2002年だったでしょうか。
どこにあるかわからないけれど、いつかは行ってみたい!と考えていました。
 
念願叶ったのは2005年2月末。滝沢が閉店する一ヶ月前のことでした。
 
後の閉店をまったく知らずに訪れましたが、友人と2人で7時間滞在。それだけ居座っても飽きない素敵な空気だったと思います。閉店までの短い間、数回通ったように記憶しています。
 

清楚で落ち着いた雰囲気を大切にして、広々としたくつろぎのスペースに楽しい語らいの場を提供して参りたいと考えています。ご会合、ご商談、お見合い、憩いの場としてご利用下さいませ。

という高尚なメッセージに、初めは気圧されたものです。
 
店の外のショーケースには一般の喫茶店同様商品見本が置かれていたのですが、値段が表示されていません。こわごわと店内に入ったのがついこの間のことのようです。
一見高いように思えても、滞在時間を考えればいくらでも元は取れました。何より、ケーキセット(飲み物+ケーキ)は1,100円。レジでの支払の際にもらえる、次回から利用可能な謝恩券を使用すれば、200円引。値段構成はまったく意味不明でした。
客層は出版関係の方が比較的多く、たくさんの玉ひも付き封筒を目にしました。
 

 
中座して御手洗いに向かう時のニヤリとした気持ちは忘れません。